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〈ワシントン滞在がある程度長くなった頃、在米同胞の有志が私を夕食に連れ出してくれた。コリアンレストランでポトマック川名物の蟹料理が出た。だが、帰途の車中で変調があらわれた。全身の皮膚に堪え難い痒さを感じた。運転してくれている同胞青年にそのことを訴えようとしたが、できない。気がつけば、英語でも朝鮮語でも「痒い」という語彙が私にはないのだった。「社会安全法」とか「基本的人権」とか、「天井から吊るして棒で殴る拷問」などということは英語ででも朝鮮語でも話すことができた。訪れる先々でそんなことばかり話していたからである。だが、「痒い」という簡単なことが言えない。日本で生まれ育ったために日本語以外の日常生活用語の語彙がないのだ。私はひどく疲れていて、神経過敏になっていた〉
在日朝鮮人として日本・東アジア・世界に向けてさまざまな時代批判を続け、2023年12月に急逝した著者が、死の前日まで書き連ねていた遺作を刊行。軍事独裁政権下の獄中にあった兄二人など韓国良心囚の救援を訴える目的での渡米はじめ数回に及ぶアメリカ滞在中に出会った人々・絵画・音楽、さらに敬愛するエドワード・サイード考などを軸に、トランプのアメリカ、ウクライナ戦争、イスラエルのガザへの侵攻まで、著者の最後のメッセージが痛切な思いとともに描かれる。図版多数。
目次
ニューヨーク 2016年
ワシントン
デトロイト
ニューヨークふたたび
サイード 1
サイード 2
おわりに――善きアメリカの記憶のために
図版・写真一覧
著者プロフィール
徐京植 (ソ キョンシク) (著)
1951-2023。京都市に生まれる。早稲田大学第一文学部(フランス文学専攻)卒業。東京経済大学名誉教授。著書に『私の西洋美術巡礼』(みすず書房)『子どもの涙――ある在日朝鮮人の読書遍歴』(柏書房)『新しい普遍性へ――徐京植対話集』(影書房)『プリーモ・レーヴィへの旅』(朝日新聞社)『過ぎ去らない人々――難民の世紀の墓碑銘』(影書房)『青春の死神――記憶の中の20世紀絵画』(毎日新聞社)『半難民の位置から――戦後責任論争と在日朝鮮人』(影書房)『秤にかけてはならない――日朝問題を考える座標軸』(影書房)『ディアスポラ紀行――追放された者のまなざし』(岩波書店)『夜の時代に語るべきこと――ソウル発「深夜通信」』(毎日新聞社)『汝の目を信じよ!――統一ドイツ美術紀行』(みすず書房)『植民地主義の暴力』(高文研)『在日朝鮮人ってどんなひと?』(平凡社)『フクシマを歩いて――ディアスポラの眼から』(毎日新聞社)『私の西洋音楽巡礼』(みすず書房)『メドゥーサの首――私のイタリア人文紀行』(論創社)『ウーズ河畔まで――私のイギリス人文紀行』(論創社)ほか。2023年12月18日、急逝。
四六判 重さ 280g 152ページ
定価 2,800 円+税 3,080 円(税込)
ISBN978-4-622-09778-5
初版年月日2025年8月8日
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